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2023
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「カーボン・クレジットの品質(3)」 ~追加性について~

多くの方々は、カーボン・クレジットや再生可能エネルギー証書を購入する際、1トンのカーボン・クレジットは1トンの価値、1kWhの再生可能エネルギー証書は1kWhの価値しかないと思われることでしょう。

しかし、実際にはそうではありません。なぜなら、これらのクレジットや証書にはCO2や電力の数量的価値以外にも価値があるからです。その理由は、これらを購入する行為が、単に特定の削減目標を満たすための法的な対応ではなく、気候変動対策に積極的に貢献する自主的な取り組みであるからです。より具体的に言うと、当該クレジット・証書を購入し脱炭素化を図った製品やサービスを取引先が購入することで、取引先も世間や顧客にその姿勢をアピールしたいからです。そのため、そのクレジット・証書がSDGsの何に裨益しているのか、逆に悪影響を与えていないかといった視点は非常に重要になります。万が一虚偽につながるようなものであった場合には、自社だけでなく、取引先等に対しても多大なる影響を与えることにつながります。

当社では、この「カーボン・クレジットの品質」の問題について複数回にわたりコラムを執筆したいと考えています。第3回目の今回はカーボン・クレジットの観点、高い品質(追加性)の観点で見てみたいと思います。

カーボン・クレジットの”追加性”とは

カーボン・クレジットによって得られる資金が、削減活動の成立において必要かどうかを示す指標を”追加性”といいます。要するにカーボン・クレジットがなくても成立するプロジェクトは、カーボン・クレジットを創出するプロジェクトとして相応しくないという考え方です。

京都議定書の第一約束期間の頃、CDM*1に登録されたプロジェクトのうち、約30%は水力発電所のプロジェクトでした*2。しかし、その当時、世界の電力供給の16%は水力発電由来になっており、多くの発電所は石炭といった他の発電種別と比べても、費用対効果が高いものでした。特に高まる一方の電力需要に応えつつ、エネルギー安全保障の観点からの石炭依存の脱却圧力は、水力発電の競争力を高めるものでした。

そのため、EUは20MW以上の発電キャパシティを持つ水力発電から生まれたCDMクレジットは、特別なスタンダードの認定を受けていないもの以外はEU排出権取引での使用を禁じました*3。資金提供がなくても、大規模な水力発電所は成立するので、貴重な資金は他のプロジェクトに回すべきだという考え方です。

一方、そのころの日本はどうだったでしょうか?

京都議定書の第一約束期間の際、日本政府は9,749.3万トンものCDMクレジットを海外から購入しました*4。同様に東京電力や関西電力といった地域電力会社も大量のCDMクレジットを購入しています。結果、税金や電力料金を通じて、我々も大量のクレジットを中国やウクライナ等の東欧から購入していました。

その中には、EUが基本的に禁じた大規模な水力発電所も含まれています。そのため、もしかすると、我々の資金も本当は資金を投じなくても成立していたプロジェクトに流れていたかもしれません。このような形になった場合に、お金を投じた側である読者の皆様はどのように感じるでしょうか?(若干、話しが脱線しますが、ウクライナに拠出された資金も本当に約束された脱炭素の取り組みに使われたか疑念が生じています。)

このような疑念をなくすために、カーボン・クレジットのスタンダードは“追加性”という要件を定義し、カーボン・クレジットから生み出される資金により、当該プロジェクトが成立することを立証することを求めています。

追加性の定義

炭素市場規模拡大を目的に立ち上げられた自主的炭素市場インテグリティ協議会 (ICVCM)は、2023年7月The Core Carbon Principlesという考え方を提唱。以下の3つの観点を順守することを高品質なクレジットとして定義しています。

  1. インパクト
    追加性、永続性、しっかりした削減量・除去量の定量化、ダブルカウンティングの防止
  2. ガバナンス
    効果的なガバナンス、トラッキング、透明性、しっかりした第3者機関による審査と検証
  3. 持続可能な開発
    持続可能な開発とセーブガード、ネットゼロへの移行への貢献

この高品質なクレジットとして、まず「追加性」という項目があげられています。

基本的に、追加的なプロジェクトとは、そのプロジェクトが存在する唯一の理由がカーボン・クレジットからの資金提供にあるということを意味します。真正なカーボン・オフセットとして認定されるためには、プロジェクトによって達成される排出削減は、そのプロジェクトが存在しなかった場合に起こるであろうことと比べて「追加的」である必要があります。つまり、カーボン・オフセットプロジェクトが追加的であるためには、そのプロジェクトの実施によってもたらされる温室効果ガスの削減が、カーボン・クレジットによって提供される金融的なインセンティブとサポートなしでは実現しなかったと証明しなければなりません。

このような厳格なプロセスを経ることで、購入者や投資家が本物の気候変動対策に対して支援しているという信頼を得ることができます。

カーボン・クレジットを購入する側が持つべき視点

最近、弊社には山林を持っているからJクレジットを生むことは出来ないかといった相談や、補助金を使って設置した太陽光パネルからカーボン・クレジットを生むことは出来ないかといった相談が来るようになっています。

しかし、山林を持っているだけで管理をしていなければ、追加的にCO2を吸収しているとは言えません。補助金を使って設置したのであれば、太陽光の導入に、カーボン・クレジットの追加的な資金は必要なかったかもしれません。(なお、最近の環境省の太陽光に関する補助金ではJクレジット創出に関する制限がかかっています。)

実際、VCSやゴールド・スタンダードといった制度は、東南アジア諸国での再生可能エネルギープロジェクトの新規登録を認めなくなっています。再エネは既に十分経済合理的な投資であり、追加的な資金を必要としないとみなされているからです。

一方で、追加性というのは非常に曖昧な基準でもあります。例えば、同じ再生可能エネルギーの導入を取っても、規制の状況や、送電網へのアクセス、金融市場の状況等、導入難易度は、その国や導入する企業によって、状況は大きく異なります。そのため、同じ技術の導入であっても、追加性の有無の判断は個別性が高くなってしまいます。

以上のように追加性というのは重要である一方で、非常に個別性の高い考え方であるため、資金を投じる企業は、気候変動活動への貢献を効果的にアピールするためにも、追加的な活動に関連するカーボン・クレジットを購入しているか、十分検討する必要があると考えます。

弊社は、国内であればJクレジット、海外であればVCSもしくはGSのクレジットを対象に著名なスタンダードに従って作られたクレジットのみを取り扱っており、45万CO2ton相当*5のクレジット等を国内外の大手企業様を中心に取引をさせて頂いております。また22年度に創出された低価格帯のJクレジットの約40%*6の創出・供給に携わる等、クレジットの創出や、日本国政府が推進するJCMを含めた各種スタンダードの活用に関するコンサルティングも推進しておりますので、クレジットの購入もしくは創出に興味のある方は、お問い合わせを頂ければ幸いです。

*1: 京都議定書の元、投資国として関与し、GHG排出量の上限が設定されていない非附属書Ⅰ国(途上国)において排出削減プロジェクトを実施し、その結果生じた排出削減量に基づいてクレジット(CER)が発行される仕組み。
*2: Policy Brief: Hydro Power Projects in the CDM – Carbon Market Watch
*3: Hydro Power Projects in the CDM – Carbon Market Watch
*5: 22年7月~23年6月における国内外のカーボン・クレジットおよび再生可能エネルギー証書の取引量。証書については0.514CO2Ton/MWhで換算。
*6: 22年4月~23年3月における太陽光発電、森林を除くJクレジットの創出量に対するJクレジットの創出・1次取得の割合

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